第2回「南極の歴史」講話会 (2009年6月20日) |
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★新南極観測船「しらせ」の建造
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案内資料: 当日の写真: 講話をされた佃氏は、鹿児島市出身、九大工学部卒。4代目砕氷船建造に当たっては、ユニバーサル造船株式会社(以下ユ社)舞鶴事業所のAGB統括(砕氷艦建造プロジェクトリーダー)を勤められた。 ユ社は、日本鋼管と日立造船の造船部門が合併して出来た会社で、日本鋼管は「宗谷」の改造から「ふじ」、初代「しらせ」、2代目「しらせ」とすべての砕氷船の建造にかかわった歴史を持つ会社で、今度の責任者となった佃氏は、かねてから「なんとしても日本を代表する優秀な砕氷船を作る」と決意を述べられていた。 講話の最初に「ここまで到達できたのは皆さん方のお陰だ」と謝辞を述べた。そしてまず若狭湾をテスト航海する写真を示し「20ノットで試運転中の写真だが、私もブリッジにいつも乗っていました。25日間ほど乗りました」という話から「しらせ」建造の話に入った。 そして締めくくりは「引渡しの5月20日、埠頭を離れるしらせ≠ノ、現場の連中は涙し、見送りました。これから先、南極に行って、どう活躍できるかである。引き続き、全力でサポートしたい」と述べ拍手を受けた <以上、南極OB会報 第8号から引用> http://www.jare.org/jareOB_Hc/ob_magazine/ |